交通渋滞の解消は現代社会における重要課題に一つである.渋滞の解消の最大の目的は安全性の向上と言える.
具体的には,交通事故の減少,運転者のストレスの低減,緊急車両の迅速な移動など,渋滞の解消が安全性向上に及ぼす効果は大きい.
また,それだけでなく,経済面では,燃料の消費を抑え,また生産的な労働時間を確保できるなどの効果があり,さらに,排気ガスに起因する大気汚染の防止による環境の保全など,交通渋滞の解消にはさまざまな社会的メリットが期待される.
交通渋滞は,都市街路に生じるものと高速道路に生じるものの二つに大別される.
本研究は,前者の都市街路網における渋滞の解消を対象とする.
都市街路等の一般道路に生じる渋滞を解消するための有効な手段として交通信号機(以下,単に信号機と称する) の制御が古くから研究されている.
交通信号機を制御する場合の制御パラメータとして,「サイクル長」「スプリット」「オフセット」の三つが使用されているが,このうちの「オフセット」を用いる「オフセット制御」を本論文では研究対象とする.
オフセットとは,隣接している2 交差点間における信号表示の時間差を示すパラメータであり,交差点間の車両走行時間を考慮して,この時間差を適切に調整することにより,交差点での車両の停止回数を低減し,交通流の円滑化を図る手法がオフセット制御である.
信号機のオフセット制御で一般に用いられるのは「同時型」制御と「交互型」制御である.同時型制御は,一定区域内の信号機間の時間差を全て零とする.
これに対し,交互型制御では,隣接する信号機間の時間差をサイクル長(青・黄・赤の表示を反復する周期) の半分に保つ.
両者はともにオフセット値を零または半周期に固定しているため,「固定オフセット制御」と呼ばれている.
オフセットを固定するこれらの方法に対し,自律分散的にオフセットを調整する次のような制御も提案されている.これは,対象区域内に設置された信号機群を「蔵本モデル」と呼ばれる位相振動子系と考える制御である.
具体的には,周期的に提示される青・黄・赤の信号表示を信号機の状態と考え,赤から青に変わるタイミングを0 とする0~2π の位相で状態を表現することにより,信号機の設置された交差点間の交通流量によって振動子を加重結合して得られる相互同期現象を利用して信号機間の位相差(時間差であるオフセットを位相に変換した量) を最適化する.
位相振動子系を用いたオフセット制御では,全ての振動子の基準角速度が同一の値に固定されており,信号機間の目標オフセットが実現した場合に,全振動子がこの角速度で同期するように設計されている.
しかし,この方法では,2 交差点のみで構成される単純な道路網においても目標オフセットが実現しないという欠点があった.
これを補償する方法として,振動子の動作を記述する微分方程式を2 階の方程式に変更し,角速度も状態変数として時間的に変化させることにより,目標オフセットを実現する「可変角速度位相振動子系」による改良制御手法が提案されている.
この制御手法に関して,最適オフセット解の安定性解析や計算機実験による有効性の検証は不十分であった.
また,可変となった角速度は,最適オフセット解では一定値に収束するが,その値はπ の整数倍の自由度があり,一意的でない.
この値が制御の性能に及ぼす影響を調査した実験では,角速度が大きいほど,すなわち信号周期が短いほど右左折を考慮する効果が少なくなるという結果が得られているが,その原因は明確にはなっていなかった.
本研究は,可変角速度位相振動子系を用いたオフセット制御を対象とし,交差点で直進する車両と右左折する車両が混在する場合の制御の性能をより詳細に評価することと,信号周期(あるいは振動子の角速度) がオフセット制御に及ぼす影響を計算機実験により明らかにすることを目的として遂行した.
以下,本論文の構成を述べる.
次のページでは,本研究の背景と目的を述べた.
その次ページでは,交通信号機のオフセット制御の原理について概説した.
その次ページでは,まず,西川らによって提案された,位相振動子系を用いた交通信号機のオフセット制御の概要とその問題点を述べ, その問題を解決するために提案された可変角速度位相振動子系によるオフセット制御の原理と特長を説明した.
また,これらの制御において,右左折車両を考慮する方法を述べ,それに基づく制御方式の拡張について説明した.
その次ページでは,まず直進車両と右左折車両が混在する条件下での可変角速度位相振動子系の性能を,他の制御手法との比較において評価する計算機実験を行ない,その結果,可変角速度位相振動子系を用いて制御した場合に,車両の平均速度が最も大きくなることがわかり,本手法の有効性を実証した.
また,右左折確率が大きくなるにしたがい,右左折を考慮する補正項が有効に働くことを確認するとともに,交通流量が一定という仮定のもとでは,本制御手法の性能は十分に発揮されないことを明らかにした.
さらに,信号周期が短くなるにつれて,右左折を考慮する補正項の効果が減少するが,現実的な周期の値では,補正項は有効であることを示唆する結果を得た.
最後にまとめでは,本研究で得られた成果をまとめ,今後の課題を述べた.